JIDA

32期インハウス女性デザイナー研究会 年間活動報告

 

 

JIDAインハウス女性デザイナー研究会は、JIDAインハウス委員会の中に属した、デザイナー育成の場を提供する施策のひとつ。年度(4月から翌年3月)を一区切りとし、年度初めにテーマを決め、月に1度定例会を開催している。

この若手を対象とした異業種活動は「活動で得たものを各社に持ち帰り、業務の革新に活かすこと」を成果目標にしている。各企業の代表として参画するデザイナーが、他社と交流しながら、普段の業務から離れた経験をし、課題解決の手法を積み重ねることで知識を広げ、参加メンバーの職能を向上させる「成長」の場となっている。

 

1.    第32期の活動概要

運営

◆研究会

本会は、公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会の賛助企業でデザイン部署等に所属する女性で構成する。

本年度参加企業(五十音順)
いすゞ自動車(株)/ キヤノン(株)/(株)総合車両製作所 /(株)タニタ /(株)電通 /(株)東芝/ 東芝テック(株)/ トヨタ自動車(株)/ 日産自動車(株)/(株)日立製作所 / 富士ゼロックス(株)/ 三菱電機(株)

◆メンバーと役割

委員は1年毎の改選とする。

本年度委員

委員長 青井 美奈    日産自動車(株)

副委員長

大立 綾香   
堀田 峰布子   
キヤノン(株)
(株)電通
会計・会場   
   
   
   
久保田 朋実   
林 千鶴   
原田 利佳   
村上 真子   
(株)タニタ
いすゞ自動車(株)
(株)東芝
(株)日立製作所
広報/SNS   
   
   
陳 文慧   
園田 幸子   
坂本 茜   
(株)東芝
(株)総合車両製作所
キヤノン(株)
写真 松本 麻美   
飛田 真理子   
トヨタ自動車(株)
三菱電機(株)
日程管理 吉村 知代   
高嶋 結   
三菱電機(株)
(株)電通
データ管理 池田 絵里子   
角田 真結子   
富士ゼロックス(株)
(株)東芝テック

活動方針

  1.  研究テーマ活動
    本会は、インハウスデザイナーの視点から通年の研究テーマを設定し、これに沿った活動を行う。
  2. 異業種交流体験の充実
    各社の特色を生かした知見に触れられる場を設け、各自の新しい気づきを促す。
    1、2の活動を行うことにより、各メンバーのスキルアップと独自視点の研究報告によって参加企業に資することを目的とする。

活動実績

研究会は毎月一回の開催を基本とし、以下の内容で実施した。

  • 定例会(研究活動、各企業訪問) 年11 回
  • 研究報告会 1 回

 

2.    研究活動について

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背景

◆注目される「デザインの考え方」

技術が進化し、社会が急速な変化をする中、新しいアイディアを生み出すため、または、多様な問題を解決するための有効な手段として、近年、ユーザー視点で考えるデザイン思考が注目されるようになった。様々な事柄に対して、解決すべき問題の本質を探り、アイディアを考えることは、デザイナー以外の方々にとっても重要な能力であるといえる。しかしながら、一般の方々にとって、デザインという言葉は曖昧で理解し難く、その意味や有用性は正しく理解されていないのが現状である。そこで、現役のインハウスデザイナーならではの観点で、複数のアウトプットを作成し、デザインの思考的側面を学ぶだけではなく、体感してもらえるような提案を行うことを目指した。


◆仮説:「デザイン」を身近な言葉に置き換える

はじめに、デザインという言葉自体に課題があると考え、私たちはデザインをする行為を分解していった。まず、デザインをする時、様々な条件を考慮して、「ユーザー」に喜んでもらえるものを考える。贈り物をするときもまた、様々な条件を考慮して、「贈る相手」に喜んでもらえるものを考える。相手のことを思って行動するという点で、デザインをする行為と贈り物をする行為は共通していると考えた。そこで私たちは、「デザイン」という言葉を「GIFT」という身近な言葉に置き換えることで、多くの人が直感的に「デザイン」を認識できるようになると仮説を立てた。

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「GIFT」をキーワードにした3つの提案

「GIFT」をキーワードに、インハウスの制約から離れ、普段の業務では取り組めない提案に挑戦した。また、複数の提案行い、多角的なアプローチをすることで、より一層、デザインの意味や有用性を広めていけるのではないかと考えた。

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GIFT1:情報発信

企業に属するインハウスデザイナーは閉じこもりがちな業界でなかなか一般の方々には知られていないのが現状である。私たち自身も、学生時代にインハウスデザイナーがどんな働き方をするのか、前情報を得ることが大変だった過去がある。また、本研究会で1年かけて創った成果物を、報告会を区切りに発信する機会がなくなってしまうため、新たな情報発信に取り組むことにした。
発信するにあたり、デザイナーを目指している学生などデザイナーに興味を持っている人達だけでなく、デザインやインハウスデザインについて知らない人にも幅広く知ってもらうために、私たちは身近なものを交えながら『共感や興味』をもってもらえるようなコンテンツを作成した。

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◆ZINE

ZINEとはアメリカ発祥で生まれた、個人で自由に作る冊子のこと。ZINE SHOPやZINE SHOPが経営するWEBサイトに取り上げてもらい、気に入った冊子を購入することができる。デザインやトレンドに敏感な人達が多く集うZINE SHOPでは、インハウスデザインにも興味を持つ人が多いと考え、ダイレクトにアプローチ出来ると考えている。私たちのZINEは都内のZINE SHOPで出品を予定しており、運が良ければロサンゼルスのZINEフェスにも置いてもらうことになる。

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◆ WEB

自由度の高いフリーWebサイト『WIX』を使用しHPを作成、Facebookや公式のJIDAサイトと繋げることで、より多くの人達に知ってもらえると考えている。毎月の活動内容や、出来上がるまでのアイディア段階のものまで、ZINEに載り切らないコンテンツも収録、深く知ってもらえるようにした。

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GIFT2:お金のスターターキット 「LIKA(ライカ)」

◆ はじめに

近年、SDGsをはじめ、社会課題の解決がデザイン領域の対象になっているが、世界規模の話やインフラ、文化、習慣といった大きな課題を今すぐにデザインで解決することは難しいと感じている。私たちはまずは、「身近な社会課題をデザイナーらしく解決すること」を目指した。私たちは、普段は各企業でインハウスデザイナーとして働いている。今回、社会課題との向き合いをする上で、所属している会社やブランド、製品を挟まない、インハウスデザイナーの制約を離れたこの研究会だからこそできるアプローチを行う。

◆お金の教育問題に注目

まず、私たちが身近な社会課題について議論していく中で、最も驚いたことが、「日本の相対的貧困率は約15%で、先進国35ヶ国中、7番目に高い」という事実である。また、金融の知識=お金に対するリテラシーが高いほど、収入や幸福度が高いという調査結果がある。そこで、貧困率を改善するキーはここにあるのではないかと仮説を立てた。
貧困率の改善を考えたときに、お金は避けて通れない。しかし、お金の教育は、欧米では家庭や学校で当たり前のように幼児の頃から行われているが、日本では、家庭でも学校でもまだまだ進んでいない。最近、日本でもお金の教育や金融リテラシーの重要性が政府や社会全体に認識されるようになり、子供の将来を考えて、早い段階から金銭感覚・金融知識を身に付けてもらいたいと思う親が増えてきている。

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お金の知識は生活のなかで応用できてこそ、「生活スキル」としての価値が生まれるため、日常生活のなかで、生活の基盤となる家庭のなかで、育てていくことが大切だと考えた。

◆調査

子供を持つ親への「お金の教育」に関するヒアリング調査を行った。
・親は子供へ「お金の教育」をしたいと思っているが、どうやったらいいか分からない。
・3-6歳くらいの数字が理解しにくい未就学児への教育が特にできていない。
といった意見が出てきた。子供は3歳頃から自我に目覚め、自分のほしいものをしっかりと主張できるようになる。そこで今回は対象を、お小遣いをあげ始める前の子供とした。
以上を踏まえ、アイディアを考えていった。

◆コンセプト

お金のスターターキット
家庭の中で、お金について話したり、お金をふれる機会を増やしたり、お金について話すきっかけになるになる「お金のスターターキット」。家庭生活の中で自然に親も子もお金に対する教育的体験や文化をつくることができる。
ユーザー
幼稚園から小学校低学年(おこづかいをあげる前に)

◆アイディア展開・プロトタイプ作成

コンセプトに基づき、様々なアイディアを考え、検討を重ねた。

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◆提案

LIKA(ライカ)

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『こどもの好きなモノを家庭内通貨に。こどもが好きなモノを通せば、その価値が理解できる。こどもの好きなモノがそのまま家庭内貨幣になる。貨幣の単位は「LIKA」。』

■仕様

ライカには3つの特徴がある。

  1. 貨幣の原理が学べる学びの効果
  2. 数えやすい、交換、両替しやすい単位
  3. 家庭独自のルールをつくることも可能。
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家庭でも扱いやすい安価なダンボール本体に、子供の好きなおもちゃやお菓子を挟み込むことができる、弾力性の高いウレタンフィルムを採用。紙幣とコインの2種類の形状で10LIKA、5LIKA、1LIKAという単位を用意した。これは、数を数えやすく、また、両替を考えやすくするためである。そして数字が読めない年齢の子供でも、描かれているマークを数えることで貨幣の価値が直観的に理解できるよう配慮した。

■使い方

大きく3つのシーンに分かれていて、お金の教育が家庭で簡単にできるような仕組みになっている。

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好きなもので、「お金は自然発生しているわけではなく、何かの対価として得ていること」「ほしいものすべてが手に入るわけではないこと」「やりくり・計画性」などを学ぶことができる。

 

◆最後に

今回、私たちは、身近な社会課題のデザイン的解決として、LIKAをデザインした。日本の相対的貧困率の高さに驚き、何とかデザイナーとして、この身近な社会課題を解決できないかと探り、「子供とお金」というテーマで家庭内通貨を考案した。まず、私たちができることは小さな一歩かもしれないが、この「LIKA」が、家庭の中でお金にふれる機会を増やし、お金について考え、話すきっかけになればと思う。
ちなみに今回のお金の教育スターターキット「LIKA」をSDGsのカテゴリーに当てはめると、以下の2つの目標にリーチする。

  • 貧困をなくそう
  • 質の良い教育をみんなに

 

GIFT3:発想支援ワークブック

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若い世代へ向けたデザインを知るための発想支援ワークブックの提案。このツールは、プレゼントを贈るという身近な行為を通して「デザイナーの仕事や考え方を知ること」「多様な視点で物事を考える力を身に着けてもらうこと」を目的としている。


◆使い方

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このツールは、1~3のステップを順に進めることによって理解が深まる仕組みになっている。
ステップ1では、自分がプレゼントを貰った時のことを振り返って、そのときの気持ちを分析する。
ステップ2では、対面でインタビューし、相手に喜ばれるプレゼントを考える。
ステップ3では、プレゼントを贈る相手を社会に置き換えて、どんなプレゼントが贈れるかグループで話し合う。
このように、贈る対象を身近な人から社会へと広げながら、アイディアを考えられる仕組みになっている。
以下、各ステップの詳細を記載する。

 

STEP1 プレゼントを貰った気持ち

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プレゼントを貰った時のことを振り返り、課題の発見/分析を行う。はじめに自分が貰ったプレゼントを思い出せる限り記入する。次に、その時の気持ちとなぜその気持ちになったか分析して具体的に描きだす。
〈目的〉
相手に喜ばれるプレゼントをする為に、まずは贈る相手のことを知ることが重要だということを、実体験を通して認識する。

 

STEP2 目の前の人へのプレゼント

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目の前の相手に「本当に喜んでもらえる」プレゼントを贈る実践のステップ。インタビューを通して調査/考察を行い、プレゼントのアイディアを考える。


〈目的〉

調査と考察を重ねることで、相手が本当に喜ぶものを見つけることが出来る。

 

STEP3 プレゼントのある暮らし

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STEP1~2の内容を踏まえつつ、視点を社会に移し、より実践的な提案をする。地図を自分の暮らす街と想定して、生活の中でどのような困りごとがあるか書き出す。次に、グループで困りごとを共有し、解決策を皆で考える。思いついたアイディアはプレゼントカードの中に書き出し、互いに贈り合う。

〈目的〉

身近な社会の問題も、コミュニケーションを通して解決の糸口が生まれることを学ぶ。

◆WSを通して

多様な視点で物事を考えるには、相手のことをよく知り、相手の立場に立つことが重要であると伝える。また、生活の中でデザインできるところに気づいたら、プレゼントを贈る気持ちで実践することを促す。

◆WS体験者の声

  • 綺麗で格好いいものを作るだけがデザインではないと知ることが出来た。(社会人女性)
  • 考えるのはちょっと難しかったけどまたこういうことをいっぱいやりたい。(7才女の子)
  • 一人で考えるだけではなく、みんなで話すことで沢山の意見が出て、より良いものが出来ると思う。(10才男の子)
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報告会

2019年3月11日六本木アクシスギャラリーにて開催。57名が最終報告会とワークショップに参加した。

◆アンケート結果・参加者の声

アンケート結果


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(回答数=57)
 
 
 
参加者の声
  • デザイン≒ギフトという発想はぐっときました。改めてデザイナーとして喜ばれるデザインを目指さなくてはいけないと思いました。(50代男性)
  • 初めて参加しました。非常に分かり易かったです。自分の子供ともやってみたいと思いました。(30代男性)
  • ワークショップもあり、あっという間に時間が経ちました。今後にも繋がる提案、アイディアが沢山あり、楽しい発表会でした。(30代女性)
  • 冊子の完成度が高く丁寧でよいです。(30代女性)
  • どの発表も大変興味深く、特に「LIKA」は自身の子供にぜひ使ってもらいたいと思った。(40代男性)
  • JINEが内容も面白く、次号もあるようなら読んでみたいと思いました。(30代女性)
  • WSが短い!楽しくやったので、もっと時間をとってもいいかもと思いました。(20代女性)
  • 自由な発想が生まれる。インハウスデザイナーにとって社外との交流は重要。(50代男性)

 

■LIKA

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■ワークブック

◆利用規約

「LIKA」と「発想支援ワークブック」は、職場、家庭内でのコミュニケーションツールとしてのご使用を想定しています。商用としての再配布、無断転載、転売は禁じます。ご意見、ご感想、お問い合わせのある方は日本インダストリアルデザイナー協会までご連絡ください。

公益社団法人 日本インダストリアルデザイナー協会
〒106-0032 東京都港区六本木5-17-1 AXISビル4F
E-mail:jidasec@jida.or.jp
発行日2019年3月
発行 JIDAインハウス女性デザイナー研究会32期

 

3.    異業種交流体験

毎月、参加メンバーの所属する企業に伺い、下記の内容を実施した。

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  • 4月 / 三菱電機(株)
    ショールーム見学、Switching Base見学
  • 5月 / キャノン(株)
    キヤノンギャラリー見学、一眼レフデザインレクチャー、アプリデザイン紹介&印刷体験会
  • 6月 / いすゞ自動車(株)
    いすゞプラザ見学、藤沢工場見学
  • 7月 /(株)電通
    コピーライティング講座&ミニワークショップ、親の会
  • 8月 / トヨタ自動車(株)
    トヨタ博物館見学
  • 9月 / 東芝テック(株)
    製品デザインのご紹介、ショールーム見学、アドバンスデザインのご紹介
  • 10月 /(株)日立製作所
    Hitachi Social Innovation Forum見学、東京社会イノベーション協創センターNEXPERIENCE・ビジョンのご紹介、顧客協創空間見学
  • 11月 /(株)東芝
    東芝デザイン活動のご紹介
  • 12月 / 富士ゼロックス(株)
    Smart Work Innovation Lab/ヒューマンインターフェースデザイン部門/デザイン事例 のご紹介
  • 1月 /(株)タニタ
    タニタミュージアムの見学、タニタ健康プログラムのご紹介


参加企業のご協力を得て、各社デザイン部門のご紹介や、過去から最新の取り組みまで、様々なものに触れ、体験することができた。これは、JIDAインハウス女性デザイナー研究会でなければ、なかなか実現できないことである。普段できない体験を通じて、メンバーそれぞれが知見を広げ、成長することができた。

 

4.    32期総括

人数の多さを生かし、一年集中してたくさんの提案物を作りました。各メンバー大変だったかと思いますが、ひとりひとりが主体的に責任を持ち取り組めたと思います。さまざまなバックグランドのメンバーと意見を交わし、協力して何かを作り上げたこと、ここをきっかけに築けた同世代のデザイナーのネットワーク、企業訪問で得た刺激と知見は、各メンバーの今後に生かせると思います。
JIDAインハウス女性デザイナー研究会は、これからも企業の枠を超えてより多様なデザイナーが集まり、新たな提案を創出する場として継続、発展に努めて参ります。今後とも温かいご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。

文責:青井 美奈 日産自動車(株)