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JIDAフォーラム「デザイン思考」のデザイン

今回のフォーラムはビジョン委員会の主催で、2014年2月27日(木)の夕方6時から開催された。場所は東京ミッドタウン・デザインハブ。話題のテーマを専門家のトークで聞けるとあって、早くからJIDA内外から人気を集め、事前申し込みでは定員を増やしてもなおキャンセル待ちを断る状況となった。

冒頭、ビジョン委員会の山田晃三氏からの挨拶では「参加者の7割以上がJIDA会員以外」とのこと。非会員のためにJIDAの紹介も加えつつ、デザイン環境の激変の中で、今後のJIDAの役割を考えるビジョン委員会の使命を訴えた。

今回のスピーカーは3名。基調講演の紺野登氏は研究者そしてコンサルティング実務家の視点から、続く2人の講演者Kevin Clark氏(Content Evolution代表)と平田智彦氏(ziba tokyo代表)はデザインプロジェクトに携わってきた視点から、事例紹介を交えつつそれぞれの「デザイン思考」を語り、山崎和彦氏がモデレーターをつとめた。

デザインのスコープ拡大、「関係性のデザイン」へ

紺野登氏は現在、多摩大学大学院経営情報学科の教授であり、Japan Innovation Networkの代表理事をつとめる。デザイン思考にかかわるコンサルティングを行ってきた視点で、デザイン業界のひとまわり外側から、今なぜ「デザイン思考」なのか、デザイン思考を活かすには何が必要なのかを説明した。

冒頭に登場した写真は、美しいオブジェのような煙探知機とサーモスタット。元Appleの幹部が作った会社、ネスト・ラボの製品だ。これらの事例で注目すべきは、モノのデザインで完結することなく、周囲のしくみやユーザーの経験を変えているところにある。紺野氏はこれを、デザインが社会や産業に与えるインパクトのあり方が大きく変化している例として説明した。形の先につながる「しくみ」や「経験」そのものがデザインの対象になっているのだ。これを紺野氏は「コトの中にモノが埋め込まれつつある」と語った。モノ側の視点から言えば「周囲のコトまで含めてモノをデザインする」とも言えるだろう。

もうひとつの例が、手術中のドクターがPCを操作するためのログイン方法のデザイン。両手に手袋をはめての術中、タイピングも静脈認証も使えない。出された答は、眼の大きさと距離による認証だった。紺野氏はこの例で「何がよい技術なのかは、関係性によって決まる」と説明したが、それは同様に「何がよいデザインなのかは、関係性によって決まる」ことを意味する。

この「関係性」は、今の時代におけるデザインの役割の中で大きな意味を持っている。いまやデザインとは、人間や社会の新しい関係性を創発することでもある。それとともにデザインのスコープは、これまでの「与えられた問題の解決」から、新たな問題の発見へと拡がっているのだ。

デザインの内と外から:期待の変化と役割の変遷

こうした変化の中で、これまでデザインとかかわりの少なかった分野から、問題発見の技術としてのデザイン、新たな知的方法論としてのデザインに関心が寄せられてきた。スタンフォード大学の「d.school」はその好例だ。思考の技術として、定量的でなく定性的な技術、問題へのフレキシブルで総合的な取り組みの技術としてのデザインが注目されている。

「デザイン思考」への注目の高まりを説明するもうひとつの視点が、デザインそのものの歴史的変遷だ。紺野氏の説明によれば、最初デザインという職能は、すでに存在するものに色や形をつける仕事だった。GMがカラーとスタイリングのバリエーションを展開してフォードを圧倒し、市場を席巻した時代だ。次の時代を象徴するのがタブレットコンピュータの概念を初めて形にした「グリッドパッド」(1990年)。ここでデザインは、これまでに存在しなかったものに形を与えた。そして現在注目されているのが、モノを通じて経験を生み出すデザイン。モノ自体の魅力だけでなく、それを介した経験を人に期待させるデザインだ。

3つ目の「経験のデザイン」とともに注目されているのが、いわゆる「デザイン思考」である。現在は観察、アイデア出し、プロトタイピング、ストーリーテリングという一連のプロセスが「デザイン思考」としてさかんに紹介されている。あたかもワークショップをやることがデザイン思考であるかのような語り口もある。しかしこれは方法論に過ぎず、これを実際にビジネスの中で生かす視点がなくては片手落ちだと紺野氏は訴えた。

デザイン思考をどのように活かすか、目的の視点が重要

 

そもそもなぜ今、ビジネスにおいて「デザイン思考」が注目されているのか? 紺野氏はその説明として、これまでのイノベーションは実用化までに時間が、つまりはコストがかかりすぎたことを示した。ただし現状は「デザイン思考」が新しい特効薬であるかのごとく誤解されている面もある。ワークショップを開催し、参加したメンバーは満足したが開発プロセスは変わらず、では、何のためのデザイン思考かわからない、と紺野氏は言う。

現状のデザイン思考の問題点として紺野氏は、ひとつは「デザイン思考」の手法を取り入れさえすればイノベーティブな解決ができるという錯覚を挙げた。「デザインのプロでない人にエスノグラフィなどの観察手法を教えれば、優れたアイデアが出るのか?」「デザイナーのいないチームでプロトタイプはできない」。それはアラン・ケイが以前から指摘していたことだと言う。

もうひとつは、目的に向けて手法を活用していく意識だ。何のためのイノベーションなのかを忘れて、プロセスだけを追っても意味がない。目的が違えば、たとえばAppleとIDEOでは、デザイン思考も異なる。紺野氏は暗黙知から気づきを得て、コンセプト、そしてプロトタイプと形式知化していくデザイン思考のプロセスに、「目的工学」の視点をかけあわせ、内外のプレイヤーを巻き込んで組織的な動き方の変化をつくり出すべきだ、と述べて締めくくった。

「新しい質問をする」、既存の枠組みから外へ踏み出すこと

続く2人の講演者は、個別プロジェクトを実施する現場視点から、自身の携わったプロジェクト紹介を交えて「デザイン思考」のあり方、活かし方を語った。

 ケビン・クラーク氏は、「ビジネスのためのデザイン思考」と題して、これまで自身が取り組んできた仕事の中で「デザイン思考」を語った。もともとIBMで仕事をしていたクラーク氏は、リチャード・サッパー氏、山崎和彦氏と共に「ThinkPad」を開発する中で、「ユーザーにどんな経験を提供するか」の重要性に目覚めたと言う。現在代表をつとめるContent Evolutionでは、企業の考えていること、やりたいことを、実際の活動へとつなげることが自分の役割だと自認している。

その中で最も重要なことをクラーク氏は「新しい質問をする」、つまりそれまでになかった疑問を持つこと、それまでの枠組みから外へ踏み出すことだと述べた。わかりやすい例が最初のプロジェクト事例、ニューヨーク証券取引所で仕事をする、「場立ち」ディーラーのための端末開発だ。もともとの依頼では、仕様や要件を細かく指定され、それに従ってバッテリーが長持ちし、着用して使えるウェアラブル端末が開発された。ところがこれが現場から大不評。開発チームは現場観察を申し入れ、使用現場の状況を観察し、ユーザーの声を聞いて全面的なリ・デザインとなった。そこではバッテリーのもち時間は短くてもよいがひんぱんに交換できるバッテリー・バーを設ける、バックヤードでの仕事のしかたを変えるなど、プロダクト単体にとどまらない提案が行われた。与件を問い直し、新しいしくみとユーザー経験を提案したわけだ。

このような、プロダクト単体を超えて「経験をデザインする」視点を全面的に取り入れたのが、IBMブリーフィングセンターを訪れる、顧客のエクスペリエンスを改変するプロジェクトの事例。ここではまず、訪問者を観察し、彼らの経験を時系列のチャートとして整理した。そしてセンターで説明を受ける訪問者の視点で、与えられる情報の流れだけでなく、気持ちの起伏を観察することで、顧客にとって総合的によい経験を提供することを考え、センター訪問の「物語」を改変した。

計測しがたい価値をつくり出す、物語と「フロー体験」

クラーク氏は、パインとギルモアの『経験経済』を引いて、価値の高いものほど(コモディティ化した単価の安いものとは逆に)、その価値を定量的に計測することが困難であるとし、その価値を探り、つくり出す手法として現場観察に始まるデザイン思考が有効であると語った。また価値をつくり出す上で重要な要素として「物語」「つながり」に着目し、心理学者ミハイ・チクセントミハイの「フロー体験」概念も引きつつ、受け取る人に、心地よく充実した体験を提供するための取り組みとして、自分の仕事を紹介した。

続く事例として紹介された「ストーリーヴァイン」は、ストーリー性そのものに着目したプロジェクト。誰もが動画を撮影できるようになった中で、それを鑑賞に耐えるビデオに仕立てるには専門技能が必要な現状に着目したサービスだ。誰でもテンプレートを使って簡単に面白いビデオを編集できるフォーマットを提供する。また「ルートキャピタル」は、投資会社のオンライン情報発信システムで、リアルタイムで情報を公開することで、作るにも読むにも時間のかかった従来の四半期レポートを置き換えたもの。いずれも「新しい質問」つまり新しい視点で考え、枠組みの外へ踏み出した点が共通している。

 クラーク氏はこれらのプロジェクトを説明して「プロダクト→サービス→組織」という流れを提示した。それは想定すべきカスタマーエクスペリエンスの拡張でもあり、あとへ行くほど企業の競争力としてのアドバンテージも大きくなる。クラーク氏はデザイン思考の進化も同じステップをたどるとした。これは紺野氏の説明した流れとも一致する。

ブランド視点を取り入れ、経験価値をつくり出すデザインプロセス

 最後に登壇した平田智彦氏はziba tokyoの代表。zibaは80年代の設立から30年以上にわたって、リサーチにもとづくデザインを行ってきたデザインファームだ。平田氏もまた、長い取り組みの経験から、近年の「デザイン思考」への期待の高まりの背景には、デザインの領域拡大があると述べた。その一方で、話題になっているデザイン思考の議論には「欠けているものがある」。それはブランドの視点で、クライアントによって(ブランドによって)最適なデザイン提案は異なるはずだ、と説明した。

 平田氏が紹介したzibaでのデザイン開発プロセスでは、目的の理解・共有に始まり、問題の要素を観察し、各要素の意味を抽出し、これらの統合を経て、プロトタイプ化、実験・評価・改良、そして具現化へ至る。そのステップごとに、たとえばクライアントとの共創とそのための空間の重視、上流工程のリサーチをアイデアに直結させることは避ける、インサイトの掘り起こしにあたって生活シーンからタッチポイントを網羅する、といった特徴的な工夫がある。これらのステップを経て、ブランドキャラクターが設定され、実験の段階ではカスタマージャーニーを想定した検証が行われる。

続いてこれらの手順を実施した具体的なプロジェクトとして、オレゴンの地方銀行、Umpqua Bankの総合デザインの事例が紹介された。Umpqua Bankは林業を主産業とする地元の小さな銀行としてスタートし、現在も地域の金融機関として地元に根付いた姿勢を保持している。これに対してzibaでは、地元意識を大事にしたビジュアルアイデンティティ、顧客の連れてきたペットのための水飲みから待合スペースのインテリア、コイントレーに至るまでのこまやかな配慮、地域に密着したイベントの開催などによって、一貫した顧客経験を提供する提案を行った。特に地域の人が好むラグジュアリーホテルの接客経験に着目してこれを取り入れ、その一環として窓口担当者にホテルでの研修を受けさせ、窓口の接遇を一変させたことで、訪れる人の服装まで変わり、銀行と顧客の関係性が変わったと言う。特にzibaではブランドキャラクターを明確に設定し、意識を共有した上で、ディテールまで一貫した経験づくりに力を入れている。あらゆるタッチポイントに配慮を張りめぐらせ、経験を丁寧につくりあげる「crafting the experience」という言い方が印象的だった。

デザイン思考を活かすのは、トップの意思と企業風土

3人の発表を受けて、残り少ない時間の中で質疑が交わされた。モデレーターの山崎氏が投げかけたのは、「デザイン思考」を受け入れる日本の企業環境について。自身の体験をふまえて、日本の企業にデザイン思考を取り入れる上での困難について、スピーカーに質問した。

紺野氏はこれに対し、ことさら日本の企業が「デザイン思考」と相性が悪いことはない、と反論。難しさがあるとすれば、全体に日本企業が元気をなくしていることだと言う。ただし重要なのは1にトップマネジメントの関与、2に組織の文化で、トップが積極的に関わらなくては始まらない、意識の高いミドルがトップを教育するくらいの姿勢で、と訴えた。世界的に企業トップの役割はイノベーションにあり、日本の企業トップが変わらねばならないのは確かであるようだ。これに応えて山崎氏からも「トップにデザイン思考を理解してもらう」ことには経産省でも着目し、ワークショップが開催されていると紹介した。

クラーク氏は、イノベーションと文化トレンドの交差点が大事だとし、日本は世界に先立って抱える高齢化などのトレンドを受けとめ、この分野でのイノベーションを世界に発信するチャンスとして活かすべきだと述べた。その中の展開で、デザインそのものを輸出産業とする可能性にも触れた。

平田氏は日本企業の現状について、現在の企業内デザイン部門にはたいへんな競争率をくぐり抜けた優秀な学生たちが入ってくること、その人材を活かしきれておらずもったいない、と訴えた。デザイン思考を行うファシリティや仕事のプロセス、外部とのコラボレーション体制などを企業がうまく整えることができれば、たいへんな力を発揮できるはずだ、と。これには山崎氏も強く同意し、年々学生を送り出す立場から「モチベーションを持った人材を活かせるかどうかは企業の風土次第」と語った。

さらに平田氏は発表の補足として、プロジェクト事例における「ヒューマンセンタードデザイン」では、サービスを提供するクライアント側の人間から、利用者までを含めた、全体のレベルアップをめざしている、と述べた。これは紺野氏、クラーク氏も共通して挙げていた「組織のデザイン」に通じる視点。その先に(あるいは手前に)あるのは、デザイナー自身のデザインなのかもしれない。


時間切れで切り上げられた質疑ディスカッションの続きとばかり、懇親会には大勢の参加者が残り、長時間にわたって講師を囲んでの歓談が盛り上がった。
(レポート:井原恵子)

更新日:2014.05.17 (土) 07:50 - (JST)]

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